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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)3801号 判決 2000年8月18日

原告

右訴訟代理人弁護士

財前昌和

蒲田豊彦

横山精一

田中厚

被告

株式会社新光美術

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

角源三

冨田浩也

主文

一  原告の訴えのうち,本判決確定後に支払期日の到来する賃金の支払いを求める部分を却下する。

二  原告が,被告に対して,労働契約上の権利を有することを確認する。

三  被告は,原告に対し,4万5487円及び平成10年10月18日以降,本判決確定に至るまで,毎月25日限り,22万7436円の割合による金員を支払え。

四  被告は,原告に対し,20万円及びこれに対する平成10年12月29日から支払い済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

五  原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は,被告の負担とする。

七  この判決の第3項,第4項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  原告が,被告に対して,労働契約上の権利を有することを確認する。

二  被告は,原告に対し,平成10年10月13日以降,本判決確定に至るまで,毎月25日限り,25万7514円を支払え。

三  被告は,原告に対し,20万円及びこれに対する平成10年12月29日から支払い済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要等

一  本件は,原告が,被告に対し,被告による試用期間満了後の本採用拒否(留保解約権の行使)の有効性を争い,雇用契約に基づき,雇用契約上の地位の確認と未払い賃金(既発生及び将来分)の支払いを求めた事案である。

二  前提事実(当事者間に争いのない事実)

1  当事者

(一) 被告は,高級カタログの企画立案から印刷・加工まで一貫した受注を行っている印刷会社である。

(二) 原告は,平成10年7月8日,試用期間3ヶ月として,原告に採用され,同年同月13日より,被告の茨木事業部の営業部第二営業グループに配属された。

原告は,被告から前月18日から当月17日締めで毎月25日限り,給料を得てきた。原告が受けた給料は,平成10年7月分7万円,同年8月分25万8097円,同年9月分25万6932円であった。また被告は平成10年12月28日,全従業員に対し,一律に平成10年の冬期一時金として金20万円を支払った。

2  被告による本採用拒否

被告は,原告に対し,平成10年10月7日付けのC(以下「C」という。)総務部長名の文書で同月12日付けで試用期間が満了する旨を予め通知し,同月14日付けの同総務部長名の文書で,同月12日にて試用期間が満了し雇用関係が終了した旨の通知をした(以下「本件本採用拒否」という。)。

三  被告の主張

1  労働者に対する試用契約は,解約権留保付労働契約であるところ,従前右留保解約権の行使は,通常解雇の場合よりも広い範囲で解約権行使の自由が認められており,また時代的な背景,社会通念の変遷により,以前よりも相当と是認される解雇の範囲が拡大している。さらに,期待された能力が欠如する者については,比較的容易に解約権行使が是認されるべきである。

後述のとおり,原告は,即戦力の営業社員として中途採用されたにもかかわらず,期待された能力を有さず,また中途採用社員に期待されるだけの社会常識,責任感を欠如していた。さらに面接採用時に虚偽申告を行い,会社の規律,秩序を乱し,上司の命令を無視し,会社の業務を妨害する等,被告が原告の本採用を拒否したことは合理的理由があり社会通念上も相当なものとして是認されることは明らかである。

(一) 被告所有地の売却に関する原告の業務妨害

平成10年6月30日,被告は,野村不動産株式会社との間で被告所有の遊休地を売却する旨契約し,被告は,同年9月30日までに同土地上に存した全労連全印総連大阪地連新光美術労働組合(以下「組合」という。)の事務所を撤去のうえ,引き渡すこととなった。右契約には,被告が期限までに遊休地の引渡しができない場合には,売買代金の20パーセントである1億5000万円の違約金を支払わなければならない条項が入っていた。被告は,代替事務所を提供することで,組合から右遊休地上に存した組合事務所の撤去の同意を取り付け,翌日,その旨の覚書を取り交わしたが,その直後,組合は右合意に反し,組合事務所の占拠を継続し,組合事務所の撤去及び遊休地の引渡を妨害した。1億5000万円の違約金を負担すれば,被告は直ちに倒産してしまうため,被告は,必死になって野村不動産株式会社と交渉し,同月29日,遊休地の明渡の期限を平成10年10月末日まで延期する合意を取り付けた。

原告は,非組合員であるにもかかわらず,組合事務所に寝泊まりし,また,規則で禁止されている自家用RV車を遊休地に乗り入れ,組合事務所の撤去及び遊休地の明渡を妨害した。被告が明確に把握しているだけで,原告は平成10年10月1日の夜に右RV車を乗り入れ,同日,組合事務所に泊まり込んだ。組合が被告との合意に違反し組合事務所の占拠を継続し始めた平成10年9月29日以降,被告は,組合に対して,組合事務所の明渡を求める要求書を会社掲示板に掲載したり,10月1日は合同朝会で,社長が遊休地を引渡す必要があること,これを履行できなければ,違約金の支払いにより重大な打撃を受け被告の存続が危ぶまれることを説明していた。従って,原告も,右RV車の乗入,組合事務所の占拠が被告の業務の妨害となることを十分に認識していたのであり,それにもかかわらず,故意に被告の業務の妨害を行ったのである。

(二) 採用にあたっての虚偽申告

(1) 被告は,松下電器オーディオ事業部担当の営業社員に欠員が発生したことから,同事業部の営業の専従者を採用するため,営業担当者の即戦力となる人材を募集した。原告は,これに応募し,自己の経験,能力から説明を受けた職務内容を十分に遂行することができると積極的に売り込み,即戦力の営業社員として採用されたのである。

しかし,現実には,原告は見積計算ができない等営業に関しては全くの素人であって,見積演習において原告の作成した見積書は,用紙の取り方の誤り,積算方式で算出される項目の欠落等があり,印刷工程の理解すらできていないことが判明した。

このため被告は,原告が被告の単価を理解し,被告の値段にあった見積書を作成できるよう教育するため,平成10年8月4日の午前に4種類のカタログをサンプルとして使用し,見積演習を行った。印刷工程を理解できていれば,被告の単価表を見て,該当する単価し(ママ),後はかけ算と足し算をすれば,見積価格は算出できるのであり,通常であれば,4つのサンプルにより見積演習を行うのに,半日あれば十分である。ところが,原告はA判とB判の用紙の取り方の違いすら分からず,積算の前提となる各工程の構成も全く理解できていなかった。そのため,原告の作成した見積書は用紙の取り方の間違いがあったり,当然に必要となるべき印刷工程が含まれていなかったり,各工程の費用の計算がデタラメである等惨たんたるものであった。そこで,被告は当初半日で終了する予定であった見積演習を2日間に延長して行ったが,原告は2日間かけても基本的な見積計算ができず,さらに1日延長して見積演習を行ったが,それでも,営業社員として通用するレベルには至らなかった。そのため,その後も,実際に原告の行った見積書を上司のB(以下「B」という。)部長がその都度チェック,修正せざるを得なかった。そのうえ原告は,試用期間が満了した後においても,販促助成物の制作工程と印刷製造工程の区別すらできていなかった。

見積計算ができなければ,価格の提案も価格交渉も行うことはできず,営業社員としての職務を遂行することはできない。原告は,販売助成物の制作印刷の基本的な流れは十分に理解していると自己の経験,能力を積極的に売り込んだが,「基本的な流れ」とは具体的にはどういうことかの説明すらできないのであり,実際には経験等がないにもかかわらず,原告が虚偽の申告を行っていたことは明らかである。なお原告は,採用面接時に印刷物の見積もりの経験がない旨の説明をしたと主張するが,かかる事実はない。

(2) 原告は,履歴書において,株式会社ブレーンセンターで働いていたことを故意に欠落させており,履歴書により虚偽の申告を行っていたことは明らかである。原告は同社に入社したものの,トラブルとなり解雇されたため,自己のデメリットになると判断し,故意に記入しなかったのである。

(3) 原告は,試用社員としての採用に先立ち,給与額は被告の規定どおりでよいと了承したにもかかわらず,採用された途端に,前言を翻し,平成10年7月23日に総務次長宛に,いきなり基本給の再検討の要求を突きつけた。

(三) 規則,秩序違反

(1) 原告は,入社面接において提出を指示された誓約保証書を提出しなかった。誓約保証書は就業規則上も入社時に提出が義務づけられており,入社にあたって社員全員が提出すべきことは当然であるから,誓約保証書の不提出は重大な規則違反,秩序違反である。

(2) 前述のとおり平成10年10月1日夜から翌日にかけて,原告は自家用RV車を会社構内に乗り入れ,会社の業務を妨害したが,自家用車の乗り入れは会社の規則で禁止されており,原告の右乗り入れは単なる業務妨害以外に,会社の規則違反に該当する。

(3) 平成10年9月29日,茨木営業所2階営業部において,C総務部長が給料の遅配について説明を行った際,同部長の説明が終わらないうちに,原告は手に紙を持って,「いつ,支払えるか。」「大家さんに説明するので,いつ払うか紙に書け。」等と大声で同部長に詰め寄った。さらに,原告は退出しようとした同部長を追いかけようとしたが,B部長に制止されたため,同部長に対して,「C部長が書かないのなら,B部長が書け。」等と大声で迫った。事情が事情とはいえ,原告の右行動は,社会人としての節度をわきまえず,会社の規律,秩序を乱す重大な行為であり,上長の命令を侮蔑しまたはこれに反抗し,もしくは上長および他人に暴行脅迫を加えたものというべきである。

(四) 業務上の指示,命令違反

(1) 松下電器オーディオ事業部

ア 松下電器オーディオ事業部への訪問等

原告は,B部長から1日に2回は松下電器オーディオ事業部を訪問し,各担当者と面談のうえ,同事業部の宣伝広告物の提案に結びつくような情報を収集し,売上に結びつけるよう指示された。また,社長直々に同様の説明を受け,1日2回は同事業部を訪問し,担当者から情報を収集し,同事業部からの宣伝広告物の受注に結びつくよう努力するよう激励された。

ところが,原告は,同事業部の担当者がどの商品について,どのような販売助成物あるいはコンセプト,表現等を求めているのか等の要望を聞き込むことができず,また,品質,価格,納期等の通常の営業社員が得意先で行う折衝についての報告を怠ったばかりか,1日2回は訪問するよう明確な指示を受けていたにもかかわらず,1日1回しか訪問しない,あるいは,全く訪間(ママ)に行かない日すらあった。

イ 日本橋の電器販売店回り

松下電器オーディオ事業部が平成10年7月31日から同年8月9日まで夏期休暇に入ったため,B部長が,原告に対し,その間,日本橋の電器販売店を回り,同事業部に関連した商品の知識を収(ママ)得するとともに,販売の現場で販促のため実際に展示されているカタログその他の広告助成物を見て回って,その情報をもとに同事業部に対して提案する材料を報告するように指示した。ところが,同事業部の夏期休暇の間に原告が日本橋の電器店街にでかけたのは1回だけであり,しかも,適当にカタログを集めただけに終わり,商品知識の習得はなく,何ら具体的な提案材料を報告することもなかった。

ウ 松下電器オーディオ事業部へのプレゼンテーション準備

被告茨木営業部第二グループにおいては,B部長,D(以下「D」という。)制作課長代理,制作室所属E(以下「E」という。),制作室所属F(以下「F」という。),G(以下「G」という。)及び原告が協力して,平成10年9月19日に松下電器オーディオ事業部に対して99年度オーディオ商品販売促進策に関してのプレゼンテーションを行うことになった(当初の予定は平成10年9月16日であったが,同月19日に変更された。)。

平成10年9月5日,B部長,E及び原告の3名で第1回制作会議を開き,B部長が,原告に対して,同事業部を訪問して,同事業部が求めている商品,仕向地,他社の状況,提案日等を聞き出すよう指示し,また,プレゼンテーションまでのスケジュールの確認を行った。

同月(ママ)9月8日,スタッフ6名全員で第2回制作会議を開いたが,原告が,第1回制作会議で指示された事項を全く行っていなかったため,商品の選定すら行うことができなかった。そのため,B部長が再度原告に情報収集するよう指示した。また,B部長は,平成10年7月28日,及び同年8月27日に行われた同事業部の商品説明会(オリエンテーション)の内容をまとめた書面,Eから聞いた情報をもとに重要と思われる商品群をリストアップした書面並びにG等の意見を参考に提案ツールについてまとめた書面に基づき,提案方針の概要について説明し,原告に対して,同事業部から聞き出した情報をもとに企画書の骨子のもとになるような素案をまとめるよう指示した。その他,第2回制作会議では,Gから企画書の作り方,目的,内容の詰め,提案手法,ツール等に関する指導があり,また,各自の役割分担の碓認が行われた。

平成10年9月9日から同月13日まで,原告は忌引休暇をとらざるを得ない事態となったが,出社後の同月14日,第4回制作会議を開き,B部長は再々度原告に対し事業部の要望に沿った商品,仕向地,訴求ポイント等を絞り込み,企画書の骨子のもとになる素案を作成,提出するよう指示した。ところが,原告には休暇による遅れを取り戻そうとする姿勢は全く見られず,指示された同事業部からの情報収集も企く行わないまま企画書骨子のもとになるような素案の提出もしなかった。そのため,得意先情報が定まらず,チーム全体の企画書作りが遅延し,プレゼンテーションの前日は徹夜作業となった。プレゼンテーションの当日の同月19日に至っては,原告は,出勤したB部長に対し,いきなり大声で「商品説明会に出席していなかったので,何もできない。」と共同作業で進めてきたプレゼンテーションにおいて自分が全く役にたたなかったことを弁解し,開きなおるだけであった。右商品説明会への出席は2名に限られていたため,B部長とEが出席したのであって,商品説明会に出席していないという点では,D,G等他のスタッフも同様である。また,原告に対しては,B部長あるいはEが商品説明会の翌日には配付資料のコピー一式を渡し,説明を受けた内容について十分説明を行っていた。

(2) 株式会社ワコールへのプレゼンテーション準備

被告茨木営業部第二グループは,平成10年8月4日,同月14日に株式会社ワコールに対して有機食品・物品に特化した新通販分野の販促についてのプレゼンテーションを,Gを中心にして行うこととなった。右プレゼンテーションにおいては,株式会社ワコールは「美」の追求を社の基本理念としていたため,「美」を人の健康の象徴という発想でとらえ,健康につながる環境,安心,安全という点をアピールすることとなった。Gは,右提案趣旨を原告に説明し,基礎資料として有機食品に関する過去の新聞,書籍,刊行物,販売助成物等の収集を指示した。原告は,当初「はい。」と軽く答えていたが,同月7日にGが確認したところ,全く資料の収集を行っていないことが判明した。さらに,その時点においても,原告は急いで資料の収集に努めるどころか,「やっても無駄ですよ。時間ありませんよ。」等と居直り,資料収集,プレゼンテーションに全く協力しようとしなかった。

(五) 原告の勤務態度,職務遂行能力

原告は,見積計算の演習で,できてもいない見積計算をできましたと自信たっぷりに報告したり,被告の「営業部員チェックポイント15」について,内容すら覚えていなかったり,必要な情報収集を行わず,取引先のいうがままに被告の不利益に料金を引き下げるべきだと上申したり,松下電器オーディオ事業部へのプレゼンテーションにあたって,過去の企画書の内容,採用に至った販売助成物等に関しての調査も行っていなかった。また,同事業部へのプレゼンテーションのため原告が考えたとする英語のコピーは採用されず,右プレゼンテーションの当日は,B部長らに付いて行って「よろしくお願いします。」とお願いしたに過ぎない。さらに原告が起案した文書は,単に別の紙に同じことを書いたにすぎなかったり,レポートという体裁になっていないノートのコピーであり,その内容も不十分なものであった。加えて原告が作成した業務引継書によれば,当時原告が担当していた業務内容は僅かであることがわかる。

2  原告の不当労働行為の主張について

原告は,本件解約権の行使が,被告の不当労働行為意思に基づくものであると主張するが,原告は当時組合に加入していなかったのであり,本件は組合とは関係のない事件である。

四  原告の主張

1  試用期間満了時の本採用拒否は,使用者が留保解約権を行使するものであり,いわゆる解雇である。しかるに被告の本件本採用拒否は,何ら合理的理由がなく,解雇権の濫用として無効である。

(一) 被告所有地の売却に関する原告の業務妨害の主張について

被告は,原告が非組合員であるのに,平成10年10月1日の夜自家用RV車を遊休地に乗り入れ,同日,組合事務所に泊まり込んだことをもって,組合事務所の撤去・遊休地の明渡を妨害したと主張する。しかし,原告には組合事務所の撤去・遊休地の明渡を妨害を(ママ)する意図は全くなかった。当日原告は,被告における給料遅配問題やC部長からの原告に対する「組合に入ったのか。」という詰問に対して,組合の見解を聞くために組合事務所に赴き,たまたま1泊することになっただけである。原告は,前日(平成10年9月30日)自家用RV車で,枚方の実家に戻り,父の法事を済ませ1泊したのち,そのまま出勤したのであり,原告には明渡妨害の主観的意図は全くなかった。

また,平成10年9月29日の時点で既に,被告の境界確定手続き上の不手際により,明け渡しの期限は同年10月30日に延期されていたのであり,客観的にも,業務妨害が生じる余地がない。実際,原告が自分の車を停めた10月1日以後も,被告は営業車両を本件土地上に駐車している。これは明渡期日がまだ先であり,この時点で車を停めてもなんら業務上の支障が生じないからに他ならない。被告が営業車両を停めることはよくて,原告が停めると明渡妨害となるなどということはおよそあり得ないことである。

仮処分で組合事務所の明渡しの和解が成立するまでの間,組合は組合事務所を維持し,かつ組合員の一部は自己の所有する自動車を組合事務所前に駐車していたが,被告は,組合事務所撤去問題で組合や組合員に対して処分を行うことは一切していない。それにもかかわらず,原告が,たった1日だけ自動車を停め,組合事務所に泊まったことを業務妨害であるとして解雇理由とするのは余りに不自然でおり,また不当である。

(二) 採用に当たっての虚偽申告との主張について

(1) 被告の原告が採用面接の際「印刷…の営業経験豊富とアピールした」との主張は事実に反する。

原告は「販売促進ツールの制作や広報誌の編集・制作進行,編集プロダクション等との折衝,印刷会社との出稿計画進行などに従事」したとは申告しているが,「印刷の営業に従事した」とは一切申告していない。原告が過去に従事していた業務は販促ツールや広告物の印刷を印刷会社に発注する側の仕事であり,印刷を受注する印刷会社の業務とはその内容は異なるのである。

原告の職務経歴書や履歴書によると,原告は平成4年8月から平成6年11月まで株式会社広報堂で販売促進ツールの制作や広報誌の編集,制作進行,編集プロダクション等との折衝,印刷会社との出稿計画進行などに従事しており,この点には何ら虚偽はない。

原告が採用面接時に述べ,また職務経歴書などに書いている経歴は広告物を自ら印刷する業務ではなく,広告物の内容を企画立案し,印刷会社に印刷を発注する業務である。従って原告は,印刷会社から受け取った見積書を読んでその内容をある程度理解することはできたが,自ら印刷物の見積書を書いたことはなく,広告物の印刷工程を詳しく知らなくても当然であり,それをもって非難される言われはない。そもそも被告は求人広告において「未経験者も一から指導します。ご安心を。」と謳っていたのである。

また,原告が平成10年8月4日から6日までの3日間B部長から印刷物の費用の見積計算のやり方を教えられてもすぐにはマスターできなかったことも,初心者にとって当たり前であり,問題にするようなことではない。しかも,印刷物の費用の見積計算は印刷工程に関して全く知らなかった人間が教えられてすぐにできるものではないことは明らかである。印刷見積においては,でき上がった印刷物を見てそれを印刷の際にどのような大きさの紙で印刷するかを判断することが必要であるが,印刷物には単純なA判やB判の他に菊判や四六判があり,印刷物だけを見てすぐにどの用紙(A本判かB本判)で印刷するかを判断することは慣れないものには不可能である。また印刷見積に当たっては,印刷する際の用紙(A本判かB本判)1枚からその印刷物(例えばA4,B5)が何枚取れるかをすぐに判断し,印刷に要する用紙の量を算定しなければならないが,それも慣れないものにはすぐにはできない作業である。実際の見積では,単にサイズだけでなく,「単色ベタ」「単色アミ」「組合ハメコミ」「コンタクト」のどれに当たるかを判断しなければならないのであり,でき上がった印刷物を見て,それに要する費用を見積もるのは一定の経験のいる作業である。B部長は,原告が過去に印刷工程の業務に従事していたという前提で評価を下しているに過ぎず,この前提は明らかに事実に反している。

従って,原告が印刷費用の見積もりをすぐにマスターできなかったことをもって原告の能力が劣るということは言えないし,ましてや原告が経歴を偽ったなどとは到底評価できない。

(2) 被告は,株式会社ブレーンセンターについて,原告が履歴書に書いていないことを問題にしているが,原告は履歴書と一緒に提出した職務経歴書に詳しい経緯を書いており,かつて解雇された事実も隠していない。従ってこの点も何ら虚偽の申告に当たらない。

(3) 被告は,採用に先立って,給与額は被告の規定どおりでよいと了承したにもかかわらず,平成10年7月23日,総務次長宛に,いきなり基本給の再検討の要求を突きつけたことを採用面接時の虚偽申告と主張する。しかし原告は,被告のA社長(以下「社長」という。)との最終採用面接の際,給料の希望を聞かれたため,H総務部次長(以下「H次長」という。)に25万円希望している旨伝えている。つまり,給与額については未定のままだったのであり,被告の主張は事実に反する。また,入社後給与額について希望を述べたことをもって虚偽申告と主張する被告の発想は,入社したら会社の言うことは黙って聞けということにほかならず,労働者は労働条件について何ら意見を言うなということである。このような被告の主張はそれ自体不当である。

(三) 規則,秩序違反

(1) 誓約保証書を提出しなかった件について

原告は,A社長との最終採用面接の際,給料の希望を聞かれたためH次長に手取りで25万円希望している旨伝えた。ところが入社した後に,被告が給料の金額についてもう少し検討したいと伝えてきたため,原告は,給料の金額が決まった後に誓約保証書を提出することにし,H次長に対して給料額の提示を早くして欲しい旨伝えた。ところが,その後しばらくしてようやく提示された給料額は原告が伝えた希望とはかなり違っていたため,原告はH次長に再検討を申し入れたが,「申し訳ないけれど,今はこれで勘弁して下さい。来年の昇給時に検討しますから。」との回答で,結局そのままとなった。以上のようなやりとりの間,原告は会社から誓約保証書を提出するよう催促を受けなかった。また原告の方も,給料額に関する会社とのやりとりに関心が向いていたため,誓約保証書の提出についてはそのままになっていただけである。そしてH次長から最終的な回答を受けた後も,会社からも催促がなくそのまま経過したのである。

また,従業員の中には会社に誓約保証書を提出していない者が多数存在している。組合の副執行委員長であるI(以下「I」という。)が周囲の従業員10人位に確認したが,1人として誓約保証書を書いていなかった。つまり会社は誓約保証書についてはそれほど重視しておらず,だからこそ原告に対しても特に催促しなかったのである。

(2) 被告は,原告が自家用車で出社したこと自体が被告の規則違反である旨主張するが,被告にはそのような規則はなく,また従来から従業員が自家用車で出社した場合に問題となったこともない。本件でも,原告が自家用車で出社した際にも会社から何の注意も受けていない。

(3) 給料遅配問題での説明会の場での原告の言動

被告は,給料支払日である9月25日(給料支給日),従業員に対する賃金の支払いをしなかった。原告は,給料日である平成10年9月25日の朝,給料が遅配になることを組合員から聞き,組合員や非組合員とともに会社に対して説明を求めた。被告において給料の遅配が発生したのはこの時が初めてで,この事態に対して非組合員も含めた全従業員が不安を感じ,非組合員を含めた多数の者が説明を求めた。この従業員の質問に対して,C部長は,「29日には払うので待ってくれ。私を信じてほしい。」と言うのみであり,遅配の原因等についての具体的な説明もなく,原告を含め,従業員にとり納得のいくものではなかった。そして被告が支払いを約束していた9月29日にも給料の支払いはなく,説明にあたったC部長は「払うべく努力している。総務部長の私を信用してほしい。何とか明日,月末に払いたいと思っている。」と繰り返すのみであった。そこで,組合員からも「(会社は)何回裏切るのか。生活やっていけない。」などと言う声が出て,「一筆書いてくれ」との発言も出ている。

原告は当時家賃の滞納があったが,給料の遅延が原因でさらに家賃支払いが遅れることとなった。そこで,家主に説明するために,C部長に対して「なぜ,支払いができないんですか?それなら第三者に説明が付くように書面で社員に渡してください。私も大家さんに説明する必要がありますから。」と言ったが,C部長は「口頭で先方に言ってください。書面で出すことはできません。」と言った。これに対し原告が「口頭で答えて誰が信用するんですか?そんなことが世間で通用しますか?帰る前に必ず用意してください。」と言ったが,C部長は何らの返答もしなかった。

以上が原告とC部長のやりとりであり,被告が主張するような言葉遣いを原告はしていないし大声を出したこともない。また,退出しようとしたC部長を原告が追いかけたり,それを制止しようとしたB部長に対して「C部長が書かないなら,B部長が書け。」と大声で迫ったとの主張も事実に反する。

(四) 業務上の指示命令違反の主張について

(1) 松下オーディオ事業部

ア 松下オーディオ事業部に対する訪問等

原告は,別の業務がない限り松下電器オーディオ事業部に1日に1回ないし2回訪問していた。そして平成10年7月31日から同年8月9日の間訪問していないのは,この期間同事業部が夏期休暇のためである。B部長の指示も必ず1日2回行けという機械的なものではなく,できるだけ訪問して情報収集をして来いというものである。原告は,指示どおり当初は1日2回訪問している。なおその後8月17日,B部長から「こう暑いので1日1回行くだけでいいよ。」と言われたので,以後そのアドバイスに従い,同事業部の都合に合わせて訪問を続けたのである。以上のような事実から考えて,1日1回しか訪問していないから業務上の指示,命令違反であるとの被告の解雇理由の主張は荒唐無稽である。

また,原告は,基準見積料の確定ができていないなどの過去様々な問題があり,被告との取引が途絶えていた同事業部に足繁く通い,先方のM主事から,どうすれば取引を再開してもらえるかという情報を得ようと努めた。その結果,被告の料金が他社に比べ割高である,基準見積りの提出が遅い,企画内容に独自性がないといった要望を聞き込み,これをB部長にや社長に伝え,改善策を具申したりしたのである。

イ 日本橋の電器販売店回り

そもそも原告はB部長から,日本橋の電気(ママ)販売店回りの指示を受けたことはなく,自ら自発的にB部長に申し出て行ったのであって,具体的な提案材料の報告は求められていなかった。平成10年7月31日から同年8月9日までの間,原告が現実に日本橋を訪問することが可能だった日は1日だけであり,しかも原告は,その日には日本橋を訪問している。

ウ 松下電器オーディオ事業部に対するプレゼンテーション

<1> 被告は,9月5日に,B部長が原告に,重点商品,重点仕向地,予算,同業他社の提案状況をまとめ,企画立案作業の骨子をまとめるよう指示したと主張するが,そのような事実はない。9月5日の会議では,それまで2回行われた商品説明会に出席したB部長から,松下電器オーディオ事業部の重要商品は,テクニクスのアンプ,スピーカーを中心とした商品群であるという説明があった。原告は,これまでの同事業部の訪問で得た情報により,同事業部のO氏は商品のラインナップを示したカタログを期待している,ということを報告した。また,同業他社は通常のパンフレット,カタログを中心に提案しているようなので,これと競合しない企画で,これまでにないものを提案した方がよいと述べた。そこで,どのような広告物を提案するかについて話し合った結果,営業マンが持ち歩けるようなホルダー形式のカタログ,各商品群を印刷したタペストリー(壁掛けないしポスター),商品を印刷した下敷きないしデスクパッドのアイデアが出て,またEが,デジタルワールドといったロゴを商品群に付けて販売することを提案した。そこで9月8日までにこのようなアイデアを更に具体化したものを持ち寄ることになり,重要商品の選定も合わせて行うことになったが,これらは商品説明会に出席したB部長とEの担当となったのである。そしてこの日の会議で,企画書の作成は制作室所属のEが担当することに決まり,原告はEに企画書の書き方などについて教える等の補助を行うことになったのである。なお,同事業部が行った2回の説明会には原告は参加しておらず,参加したのはB部長とEだけであり,そのこともあってEが企画書作成を担当することになったのである。以上のように,この日の会議で企画書作成がEの担当となった以上その元になる素案の作成も当然Eが担当するはずであり,この日にB部長が企画書作成を担当しない原告に,その素案の作成を指示することはありえないことである。

<2> 原告は,9月8日B部長から,企画書,デザインの出発点となるような情報をまとめるよう指示されたことはない。そもそも同年9月8日にスタッフ6名全員での会議は行われていない。9月6日が日曜日だったため,作業日程が9月5日の会議から実質的に2日弱しかなくアイデアが煮詰まっていなかったので,原告及びEがD課長代理と相談したところ,会議を延期することになったのである。その後原告とEとが2人で話し合った結果,一晩アイデアを考えて,翌9日にEとミーティグをすることになった。原告らはそれをB部長に報告して了承を受けた。

<3> 原告の父が急死したため,原告は会社に報告のうえその許可の下に忌引休暇を取って,9月9日から13日まで休むことになった。被告は,忌引休暇明けの9月14日にB部長から原告に対し,オーディオ事業部の要望に添った商品,仕向地,訴求ポイントを絞り込み,企画書の骨子のもとになる素案を作成,提出するよう指示したと主張するが,そのような事実はない。この日原告は,「オーディオ事業部に行きましょうか。」とB部長に尋ねたが,「それは進んでいるので行かなくてもよい。君には別の仕事をして欲しい。」と言われ,アートリフォームという会社の会社案内に関する作業を指示された。同日の夕方,B部長,D課長代理,E,Fそれに原告の5名でプレゼンテーションに関するミーティングがあり,提案する商品のアイディアを出し合い,DVDとCDの違いについての再確認が行われた。そして,B部長がまとめた内容に基づき,Eが起案を始めることになった。原告は,B部長から,Eに企画書の書き方を教えるように指示されたので,Eに説明をし,市販の企画書の書き方といった本も貸し,また原告なりにプレゼンテーションの流れについて起案をなし,この日のうちにEに渡すこともした。そもそも,原告が9月9日から13日まで忌引休暇で休んでいた間も,Eは企画書の作成の準備を進めており,デザインなどの他の担当者の作業も進んでいたのであり,原告が忌引休暇が明けて会社に復帰した9月14日時点では,いまさら原告が途中から参加して「企画書の骨子の元になる素案」を作成する余地などないはずである。また,それまで忌引休暇で全く情報収集等していない社員にプレゼンテーションの日が迫っているこの段階になって,どうしてわざわざすべての作業のベースとなる素案作成を指示する上司がいるであろうか。なおプレゼンテーションは9月19日に行われ,3点の広告物について見積もりを依頼されるなど,一定の成果があった。原告が提案したものとしてはタペストリー(フルラインポスター)が採用された。

(2) 株式会社ワコールに対するプレゼンテーションの準備

被告は,平成10年8月4日,Gが,原告にワコールに対するプレゼンテーションの準備として有機食品に関する過去の新聞等を収集するようにとの指示をしたと主張するが,かかる事実はない。

当時原告は,毎日その日の仕事の内容を営業日報に記載してB部長に提出していたが,8月4日に原告がB部長に提出した営業日報には,Gから右のような指示を受けたことは記載されていない。また,8月4日は原告はB部長から見積演習を受けての初日であり,その後8月5日,6日と引き続き見積演習を受ける予定になっていたのである。このような状況のもとでは原告は他の業務を行うことは不可能であり,そのような原告に対し,Gが過去の新聞等の収集を指示することはありえない。

原告がGから株式会社ワコールに関して指示を受けたのは,9月29日が最初である。しかも9月29日の指示のときも,GがB部長に勝手に原告に指示を出していたため,B部長はGを注意している。そもそもGは被告の正社員ではなく外部スタッフに過ぎず,原告に対してはもちろん,その他の被告の従業員に対しても仕事の指示を出すことのできる立場になかったのである。結局被告の主張は,GがB部長を通さず勝手に原告に出した指示について,そもそもそのような指示をB部長は認めていないにもかかわらず,そのような問題のある指示に原告が従わなかったことを原告に対する解雇理由とするものである。この場合,Gが責められるのは理解できるが,原告に対する解雇理由とすうことは極めて不自然である。

(五) 原告の勤務態度,職務遂行能力等

以上のように,原告は,営業部員としての業務を誠実に遂行していた。取引の途絶えた松下電器オーディオ事業部との取引の再開を指示され,毎日先方を訪ね,取引の障害となっている原因を聞き出して上司に具申した。また,同事業部に対するプレゼンテーションの準備においては,先方が期待している提案や,他社の動向を探り,従来にない広告物を提案することを会議で述べたりもした。提案する具体的な広告物も考え,企画書作成担当のEに企画書の書き方を教えたり,プレゼンテーションの流れについて説明をしたりした。原告なりにこれまでの経験を生かして精一杯努力していたのである。本件訴訟において被告は,右プレゼンテーションの件も含めて様々な解雇理由を並べ立てているが,試用期間中に指摘され,このままでは本採用できないよ,というような注意を受けたことは一度もなかった。むしろ,プレゼンテーションの成功の後には,社長にもほめられたし,B部長にも「これからは君が中心になって頑張って欲しい。」「いろいろ私生活で大変だったけれども,しっかり頑張ってくれよ。期待しているんだから。」と言われていた。これらの事実は,被告の主張する解雇理由が虚偽であることを如実に示している。

2  被告の不当労働行為意思

被告は長年に亘って組合を敵視してきた。とりわけ,平成4年以降,第2次組合旗撤去及び食堂使用拒否事件,チェック・オフの一方的廃止事件,新入組合員L,副委員長Iに対する不当配転事件等数々の不当労働行為を行ってきた。

被告はこれまでJ,K,Lといった新入組合員に対し,脱退工作や嫌がらせの干渉,攻撃を行い,当該新人組合員を退職に追いやり,組合員が増えることを妨害してきた。そして,原告に対する本件本採用拒否も,原告が組合に近づいたため組合に加入することを虞れたからである。平成10年9月29日,30日,10月1日,原告は,C部長から執拗に組合加入の有無のさぐり入れや嫌がらせを受けている。また被告が本件本採用拒否の理由として主張している,「組合事務所撤去について原告が妨害した」との主張や,「給料遅配問題の説明会での原告の言動」についての主張からみても,原告が組合活動に関わったり,労働契約上の権利を主張したことを嫌悪していることは明らかである。さらに原告に対して解雇を通告した際のB営業部長の発言,すなわち,「君はこれから必要な人材だと言ったんだが,僕の力が及ばんかった。申し訳ない。」からも,本件本採用拒否に合理的な理由がなく,原告が組合に近づいたことを嫌悪しての解雇であることを窺うことができる。

以上,被告の原告に対する本件本採用拒否は,不法な動機である不当労働行為意思に基づきなされたものといわなければならない。

五  争点

試用期間中の労働契約は,使用者の解約権が留保されている労働契約であると解されるところ,右留保解約権の行使は,採用後の調査や勤務状態の観察を行って採否の最終決定を行うという解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し,社会通念上相当と是認されうるものでなければならない。

従って,本件の争点は,被告が本件本採用拒否の理由として主張する各事実((一)被告所有地の売却に関する原告の業務妨害,(二)採用にあたっての虚偽申告,(三)規則秩序違反,(四)業務上の指示命令違反等)について,右解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的な理由であるといえ,かつその行使が社会通念上相当と是認されうるものであるかどうかである。

第三当裁判所の判断

一1  被告所有地の売却に関する原告の業務妨害について

原告は,平成10年10月1日,自家用RV車を右遊休地に乗り入れ,組合事務所に寝泊まりした(当事者間に争いのない事実)。原告は,同年9月30日は亡父の法事のため実家に戻っており,翌10月1日は実家から自家用RV車で出社していた。原告は,同年9月29日の再度の給料遅配や,また当時組合に加入していなかったが,同日の昼休みに組合事務所前で開かれた組合による「給料遅配に関する集会」に参加後,たびたびC総務部長から組合加入の有無などを聞かれたこともあって,不安になり,組合に相談するため組合事務所に赴き,たまたま一泊することになったのである(<証拠略>,原告本人)。

これに先立つ同年6月30日,被告は,野村不動産株式会社と被告所有の遊休地を売却する旨の契約を締結し,右売買の対象地の明け渡しは同年9月30日と定められていた。右土地上に組合事務所があり,その撤去が必要であったことから,同月29日被告は,組合と代替事務所の提供を条件に,組合事務所の撤去を合意したが,組合は,被告が不誠実な対応をしているとして,同月30日の明け渡しに応じなかった。他方被告は,野村不動産株式会社と同月29日右遊休地の明渡期限を同年10月30日に延期することを合意していた。(以上,当事者間に争いがない事実)。

また原告の駐車の前後,原告は被告から右駐車について注意されたことはなく,当時組合事務所前には,原告以外にも組合員が車を駐車していたが,右組合員に対し,その後当該駐車を理由に処分はなされなかった(<証拠・人証略>,原告本人及び弁論の全趣旨)。

右認定について,被告は,原告は,土地明渡を妨害する意図で,組合事務所前に自家用RV車を駐車し,また組合事務所に泊まったと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

2  採用にあたっての虚偽申告

(一) 被告で,松下電器オーディオ事業部担当の営業社員に欠員が発生したため,人材を募集した。このとき,被告が募集を掲載した求人誌には「未経験者も一から指導します。ご安心を。」という記載があった。原告は被告の右求人に応募し,提出した履歴書には「販売促進ツールの制作や広報誌の編集,制作進行,編集プロダクション等との折衝,印刷会社との出稿計画進行などに従事した」と記載されていた。そして原告は,C総務部長とH次長との面接の際,採用された場合の職務内容に対して,積極的に自己の経験,能力が営業社員として即戦力になるとアピールし,被告は,原告が営業の即戦力になると考え,同年7月13日採用した(<証拠・人証略>,原告本人)。

しかし,営業をさせるに際し,原告に被告の印刷広告物の価額を頭に入れるべく,被告の単価表に基づいた見積計算をさせたところ,原告は,印刷物の見積計算ができないことが判明した。このため,B部長は,平成10年8月4日から6日まで,原告に初歩的な見積計算の練習を行わせ,原告は,なんとか基本的な部分は理解できるようになった(<証拠・人証略>)。

右認定に対し,原告は採用面接時には具体的な職務内容についての説明はなく,また見積書作成の経験がない旨答えたと供述するが,右供述において原告は,実際には採用面接の担当者がC部長及びH次長であったにもかかわらず(<人証略>),B部長及びD課長代理であったとし,また当時被告への採用が内定していた1名が辞退したため,急遽採用を前提に原告と3回目の面接していたという状況を考慮するならば(<証拠・人証略>),原告の右供述はたやすく信用しえない。

(二) 原告は,採用面接時,給与その他の労働条件については,被告の規定に従うと述べ(<人証略>),履歴書にも「給与等労働条件については,御社の規律に準じたいと思います。」と記載していた(当事者間に争いのない事実)。また,その際,社長から,給料の希望金額を聞かれたため,H次長に手取りで25万円を希望している旨伝えたが,決定給料額は,支給日までに知らせると返答された。その後被告から同年7月23日に,給料額の提示を受けたが,希望していた金額に満たなかったため,基本給を27万円にして欲しい旨の上申書を提出した(<証拠・人証略>,原告本人)。

(三) 原告が提出した履歴書には,株式会社ブレーンセンターで勤務していたことが書かれていなかったが(当事者間に争いがない事実),同時に提出した職務経歴書には,同社での勤務についての記載があった(<証拠略>)。

3  規則,秩序違反

(一) 原告は,入社後に提出を求められた誓約保証書の提出をしなかった(当事者間に争いがない事実)。被告は,原告に未提出の誓約保証書の提出を催促していたが,原告は賃金額が不満であるとして,右提出を留保していた(<証拠・人証略>,原告本人,弁論の全趣旨)。

右認定について,原告は,誓約保証書を提出していない者もいると主張し,証人Iも,右主張に沿う証言をするが,右Iの証言は(証拠略)に照らしたやすく信用しえない。

(二) 被告は,自家用車での出社は規則で禁止されていると主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

(三) 平成10年9月29日,被告において再度給料の遅配が発生し,組員(ママ)に対し,右遅配の説明をしていたC部長に対し,原告は,「いつ支払えるのか。」「大家さんに説明するので,いつ払うのか紙に書いてくれ。」と要求した。さらにC部長がこれに応ぜず退出しようとしたところ,同人を追いかけ,これを制止したB部長に対しても「C部長が書かないなら,B部長が書け。」と迫った。当日は被告の再度の給料の遅配をめぐって,10名近い組合員とC部長が一時間弱にわたり,騒然とやりとりを行い,組合員は,C部長に「(被告は)30日には必ず支払う」旨の一筆を書けと迫ったりしていた(<証拠・人証略>,原告本人)。

4  業務上の指示命令違反

(一) 松下電器オーディオ事業部

(1) 松下電器オーディオ事業部への訪問等

原告は,被告に入社後,茨木事業所営業第二グループに配属され,松下電器オーディオ事業部の担当となった。B部長から,同事業部が,被告の創業以来の重要な取引先であるとの説明を受け,1日2回は同事業部を訪問し,各担当者と面談のうえ,同事業部の宣伝広告物の提案に結びつくような情報を収集し,売り上げに結びつけるよう指示された(当事者間に争いがない事実)。

原告は,同事業部の夏期休暇の期間などを除けば1日2回,同事業部を訪問していた。しかし,原告の営業日報によると,相手方が会議中とかで会えずに帰ってくる日が多かったため,平成10年8月中旬ごろ,B部長は,原告に対し,できるだけアポイントメントをとって訪問するように指示し,それ以降原告の訪問頻度は,1日1回になっていった(<証拠・人証略>)。

原告は,同事業部の担当者のM主事から,基準見積料金の確定の問題が解決していないことや,被告の提案が同事業部の商品説明会で行った説明内容を反映しておらず,前年に提案したものを再度提案したものにすぎないといった問題点があること等を指摘されたことから,その旨B部長に報告したりした(<証拠略>,原告本人)。

右認定に対し,原告は,同事業部に対する訪問頻度が,1日2回から1日1回となったのは,B部長が,原告に対し「暑いから1日一度でいいよ。」と言ったからであると主張し,これに沿う供述もするが,同事業部から「しっかり通って下さい。」といわれていたこと(<証拠略>),1日2回の訪問は社長の指示でもあったこと(<証拠・人証略>)などに照らし,右原告の供述はたやすく信用しえず,他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

(2) 日本橋の電器販売店回り

原告は,B部長から松下電器オーディオ事業部が夏期休暇中,日本橋の電器販売店を回り,情報を収入するように指示された。同年7月31日から8月9日までの間,土日の休日,B部長からの見積演習,他の業務に従事した日を除くと,原告が日本橋を訪問できたのは,同年8月3日の1日だけであったが,この日本橋の電気(ママ)販売店の訪問は,パンフレットを集めただけで終わった(<証拠略>)。

この点について,原告は,日本橋の電気店(ママ)販売店の訪問は,原告が申し出たことであり,何ら報告することは要求されていなかったと主張するが,仮に原告の発案であったとしても,業務としてB部長の許可(指示)のもと,日本橋の電気(ママ)販売店に赴く以上,何らかの業務報告が期待されていたとするのが自然であり,右原告の主張は採用しえない。

(3) 松下電器オーディオ事業部へのプレゼンテーション

被告茨木営業部第二グループでは,B部長,D制作課長代理,E,F,G,原告が協力して平成10年9月19日に松下電器オーディオ事業部に対して,99年度オーディオ商品販売促進策に関してのプレゼンテーションを行うことになった(当事者間に争いのない事実)。

同年9月5日,B部長,E,原告の3名で第1回制作会議が開かれた。その際,原告は同業他社と競合しない企画としてタペストリー,ラインアップ等のアイデアを出し,同月16日ごろまでに提案をまとめるなどプレゼンテーションまでのスケジュールの確認が行われた(<証拠・人証略>,原告本人)。

同月8日,商品の選定を行う予定であったが,アイデアが煮詰まっておらず,Eと原告がD課長代理と相談し,翌9日にアイデアを持寄ってミーティングすることになり,B部長の了解を得た(<証拠略>,原告本人)。

翌9日,原告の父が急死したため,原告は同月13日まで忌引休暇をとった。このため,同月九日の同事業部のM主事とのアポイントメントには,B部長が赴いた(<証拠略>)。

原告が忌引休暇で仕事を休んでいた間も,同月11日に会議が開かれ,Eを中心に右プレゼンテーションの作業は,それぞれの役割に従って進められていた。原告が復帰したのち「松下電器オーディオ事業部を訪問しましょうか。」という原告に対し,B部長は,それは進んでいるからと別の仕事に従事するように指示したりした。同日の夕方,プレゼンテーションに関するミーティングが行われ,B部長が,9月9日,同事業部のM主事から聞いた内容を記載した業務週報と,それまでの2回の商品説明会の内容を記載した「オーディオ(事)’99年モデル企画制作に関して」と題するレポートが配布され,これをもとにEが起案をすることになった。原告は,企画書の作成をするEの補助業務を命じられ,プレゼンテーションの流れについて起案したりした。また同月16日には,同事業部に赴きプレゼンテーションの日時を確定したり,同月17日にはプレゼンテーションのためのコピー(キャッチフレーズ)を考え,その英訳を外注に出したりした。さらにプレゼンテーションの前日の同月18日には,翌日のプレゼンテーションの準備にかかりきりとなり,D課長代理,E,F,Gと共に徹夜の作業を行った。そして,同事業部でのプレゼンテーションは,Eが発表して無事終了し,同事業部から製品の見積りの依頼もきた(<証拠・人証略>,原告本人)。

右認定について,被告は,同事業部へのプレゼンテーションの準備において,B部長は,原告に対し,9月5日,9月8日,9月14日それぞれ企画書の作成のために,取引先のニーズに即した対象商品,対象仕向地等をある程度絞り込むための情報の収集を命じたと主張する。特に同月8日には,(証拠略)を原告に渡し,企画書の骨子案となるものを作成するように指示したと主張する。しかし,9月5日の会議では,2回の商品説明会に出席したB部長から,右商品説明会の内容について報告があり,原告が同事業部のOから得た情報を提供し,その結果提案する製品案も出され,さらにアイデアを具体化することが定められたというのである。また同月8日については,(証拠略)の右上に,それまでの2回の商品説明会の日時とともに「9月9日Mさん」との記載があり,右記載からは,これらの日時の情報をもとに,(証拠略)が作成されたことが窺えること,(証拠略)には,(証拠略)にも記載されているDVDについて,10月8日エレクトニックショウでの発表が記載されていることなどに照らせば,(証拠略)は同月9日以降作成されたものと推認するのが相当である。さらに同月14日の時点では,プレゼンテーションの日を間近に控え,各自がEを中心に作業を進めていたというのであり,すでに(証拠略)をもとに,Eが企画書を作成することまで決定していたのであって,以上の各事実に照らせば,同月5日,同月8日,同月14日に原告に情報収集を命じたのに,原告は何もしなかったとの被告の主張はたやすく首肯できない。

また,被告は,プレゼンテーションの当日の朝,原告は商品説明会に出ていないから何もできないと居直っていたと主張するが,これについては,B部長が当日朝の原告の状態を見て,居直っていたように思うというものに過ぎず(<人証略>),他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(二) ワコールに対するプレゼンテーションの準備

被告に,平成10年8月4日,原告が,Gからワコールに対するプレゼンテーションの準備として有機食品の(ママ)関する過去の新聞等を収集するように指示されたが,それを行わず,同月7日Gから指摘されると,居直ってプレゼンテーションに協力しなかったと主張するが,原告は右指示を否定していること(原告本人),当日の営業日報には,Gからの指示についての記載がないこと(<証拠略>),8月4日以降も原告は見積演習を受ける予定であったこと(当事者間に争いのない事実)に照らし,被告の右主張する事実は認めらな(ママ)い。

二  以上の認定をもとに判断する。

1  原告の平成10年10月1日の組合事務所前の自家用RV車の駐車及び組合事務所への宿泊については,原告に明渡妨害の意図が認められず,また当該行為は1日だけのことであるうえ,当時すでに明渡期日は延期されていたこと,さらには他に自動車を停車させていた組合員もおり,同人には何ら処分がなされていないことをも考慮すれば,,(ママ)原告の本採用の可否の判断に際し,原告の右行為を原告の不利益に判断するのは相当ではない。

2  確かに原告は,営業の経験者として自己アピールした結果,被告の即戦力になるものと期待されて被告に中途採用されたものの,印刷会社の営業職として必要な印刷物の見積計算等できなかった。しかし,原告は採用面接時,印刷会社に勤務したことがあると述べていたわけではなく,原告と面接したC総務部長らが,原告が印刷会社との出稿計画進行に従事し,基本的な流れは理解しているとアピールしたことから,能力があると判断したにすぎず(<人証略>),原告に自己の経歴を偽る意図があったわけではない。しかも,印刷物の見積計算については,修得するのには一定の知識と経験が必要であって,B部長も修得すればすむ問題であるとし,実際被告の求人広告には,未経験者でも採用すると書かれていたのであり,またB部長の指導により,原告は営業に出られる程度の最低限の知識は修得していた(<証拠・人証略>)。そしてその他,原告の経歴について,履歴書等に虚偽の事実が記載されているわけではない。さらに給料の上申については,確かに原告は履歴書等で,労働条件について被告の規定に準じると記載し面接時にもその旨述べていたが,他方採用面接時には原告の給与額は告げられておらず,後に希望額に達していないとして不満を上申したにすぎない。

従って,原告が採用面接時に虚偽申告をしたとは認められない。

3  規則で定められている誓約保証書を提出しなかったこと及び給料の遅配について,C部長やB部長に,給料遅配の説明のための文書を書くように迫った原告の行為は,非難に値するとしても,前者については,給料に不満があったためであり,また後者については,原告が経済的に困窮していた折,給料の再度の遅配という非常事態が起こり,組合も被告の対応を非難していた中でのことであることを考慮するならば,これらをもって,本採用の可否について原告の不利益とするのは相当ではない。

4  松下電器オーディオ事業部に対する営業活動において,訪問の回数が1日2回から1日1回に減ったことについては,B部長の指示が,当初はとりあえず顔を覚えてもらうために1日2回は訪問せよというものであったのが,先方に会えるようにアポイントメントをとって訪問目的等を明らかにして訪問せよというものに変わったためである。そして回数は減ったものの,特段用事がなければ,原告は,その後も同事業部に日参しており,その中で基準見積料金の問題等について,同事業部の要望を聞いてきたりしている。また日本橋の電器販売店回りについては,他の業務の都合で1回しか行けなかったものであり,1回という回数を考慮すれば,具体的な提案材料を報告できなかったとしてもやむをえない面があったといわざるをえない。さらに同事業部に対するプレゼンテーションについても,同業他社の製品と違う製品のアイデアを提示したり,Eの企画書作りを手伝ったり,スケジュールの調整を行ったり,さらには徹夜での準備を行ったりと,概ね誠実に職務を果たしていたといえる。

5  以上によれば,仮に,被告が主張するように,原告に,できてもいない見積計算の演習をできましたと述べたことがあったり,被告の「営業部員のチェックポイント15」を十分修得していなかったり,レポートの体裁もとれていない書面をレポートとして提出するなど点(ママ)があったとしても,原告は被告に採用後,概ね営業職として誠実に職務を遂行していたものといえる。それゆえ,B部長も,同事業部へのプレゼンテーション終了後,原告に対し「これからは君ら若い営業マンに頑張ってもらわないと。」と言い,また原告に本採用拒否を通知する際にも「君はこれから必要な人材だ,と言ったんだが・・・」と述べていたのである(<証拠・人証略>,原告本人)。そして被告での給料遅配発生後,原告が組合の集会等に参加するようになり,原告は,C総務部長から幾度と組合加入の有無を聞かれていたこと(<証拠略>,原告本人)をも考慮するならば,原告に対する本件本採用拒否が,合理的理由があり,社会通念上相当なものであったとは認められず,本件解雇は無効であるといわざるをえない。

三  原告の給与について,現実の就労等に対し支給される食事残業手当,残業手当や実費である通勤手当を除いた,8月分及び9月分の給与の平均額は,22万7436円であり(<証拠略>),平成10年10月13日から同月17日までの就業日数4日分の給与額(同年9月18日から同年10月17日までの所定就業日数は20日)は,4万5487円となる。他方平成10年度冬期一時金については,当事者間に争いはない。

ただし,将来分の賃金請求のうち,本判決確定後に支払期日が到来する部分については,未だ原告の労務提供の程度等賃金支払いの前提となる諸事情が確定しておらず,訴えの利益がない。よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 川畑公美)

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